COVID-19 診療における画像診断の位置付けの変遷
~「OODA」と隠れCOVIDとの戦い~ 2020年4月27日版
国立病院機構 九州医療センター
超音波・生理検査センター/乳腺センター/放射線科
松林(名本)路花
当初、JCRニュース(235号)の特集記事として御依頼を受け、上記について書くこととなりましたが、現在進行形という事情もあり、後に振り返った際に、それが適当であったかという検証は必要である、と考えつつ、本稿を書いております(2020年4月27日)。また、本稿における意見等は、私の所属施設に関係するものではなく、あくまでも個人的な見解であることを最初にお断りいたします。
なお、本稿の顔写真は、現在の勤務時の服装で、遠近両用コンタクト装着の上PC用のめがねを常時かけ、サージカルマスク、半袖スクラブ(院内用)を着用しています。サージカルマスクは週に二枚まで。このめがねの用途はご説明せずともおわかりと思いますが、ゴーグルの代わりです。
そもそもCOVID-19に関わる事を調査し始めましたのは、2月初旬、行政出向時の元上司と、上京時のランチの約束のメールをやりとりしていた頃、偶然、いろいろな人員が集まっているようだ、ということを耳にしました。ちょうど、横浜のクルーズ船事例が明らかになり始めた頃です。
感染症や公衆衛生等には非常に疎かったのですが、動きから「ただ事ではない感」があり、自分なりに情報収集を開始したところ、そのタイミングで、井田理事長より、大野和子先生とともに、「COVID担当」の一人に、とのお話がありました。
その頃、「CTなら、COVIDをきわめて特異的に診断できる」という報道が出始めた頃でありましたが、それを耳にしたとき、「ある予感」を覚えました。
皆様よくご存じの通り、人口あたりのCT台数が世界一を誇る我が国で、「COVIDにはCT」という論説だけが一人歩きして広まり、CTを無防備に撮像することによる感染拡大を懸念いたしました。
2月下旬には、すでに流行地となっていた国や地域発信の論文が続出し、インターネットでも取り上げられておりました。初期の論文では、5mm未満程度の片肺の陰影の症例も、「COVID-19」例としてあげられているものもありました。あくまでも私見ですが、結果的にこれらはPCRでCOVID陽性だった症例ではあるが、必ずしもその肺の所見がCOVIDによるかどうか、鑑別は困難ではないか、と考えておりました。
画像診断医として、「CTを推奨すべきでない」とするのは、放射線科医の存在価値をおとしめるのでは、という観点は十分理解でき、また、それが正しいかどうかは冒頭に述べましたとおり、のちの検証が必要でありますが、少なくともその時点では、指定感染症として、全例が感染症指定医療機関に入院せざるを得ず、現在の様に「軽症であれば宿泊施設(やむをえなければ自宅)による経過観察」という手段はなく、さらに指定感染症医療機関の病床数(陰圧室含め)が、自治体によっては、きわめて少ないということは知っておりました。
偶然にも、COVID対策に関わる方々と多少の意見交換をする機会があり、それも加味し、「その時点」(2020年2月下旬―3月初旬)では、CT推奨が広がるのは、感染拡大という観点では望ましくないのでは、と考えました。
これについては、「患者さん皆がCTとってと言うわけないし、CT持っていても怖くてとらない施設が多いはず」という意見も耳にしましたが、やはり、「テレビ」「週刊誌」を主たる情報源とする方々にとっては、ワイドショーのPCR論争と同様、「コロナはCTで診断できる」とコメンテーターが言い切れば、その影響は少なからずあると予想されました。実際に、雑誌の記事により、特定の商品が売り切れた、という実態も目にしました。一方、施設によっては、「読影はいいから、とにかく全例CTとって」というところもある、と聞きました。
ここで、「その時点」と強調させていただくのは、今回の様な、詳細が不明の感染症等の場合、従来の(災害拠点病院等では災害を想定してのBCPが策定されていると思いますが)方法や、PDCAでは到底間に合わない、ということを感じ、誰もが「正解」を持っているわけではなく、時相に応じて迅速に方策を転換させなければならないと考えるからです。そのため、これは、「OODA」案件であると考えました。
なお、東日本大震災時の対策に際して、実際に活躍された、同じくCOVID担当である、大野和子先生のご指導は非常に貴重であり、また、今も多くの困難な問題は、大野先生にご対処いただいております。この場を借り、深く御礼申し上げます。
私は常々、「OODAループ」理論に興味を持っております。ご存じの方も多いと思いますが「OODA」はそもそも、軍事行動に基づく理論(空中戦における行動様式に端を発する)、観察(Observe)- 情勢への適応(Orient)- 意思決定(Decide)- 行動(Act) というもので、迅速な意思決定のプロセスを明確化したものです。いわゆる「走りながら考える」ですが、拙速を嫌う方は受け入れがたいかもしれません。ただし、臨床医であれば、多かれ少なかれ、同様の事象は日々経験していると思います。
もちろん、精緻に構築された事業を長く、滞りなく正しく継続するにはPDCAがきわめて重要ですが、とにかく、現代のように情報拡散が非常に短時間になされる社会では、場合によってはActを早くしないと、方向転換が困難となりうると考えました。
今も随時、更新しております、「本邦におけるCOVID-19の状況」は、「曜日によりPCR報告数は変動するからあまり意味はない」という論説も聞きますが、まずは自分なりの、現状把握として作成し始めたものです。なお、数字に関して「厚労は隠蔽している」という説については、現場は、日々自治体から上がる報告を、重複や、PCR結果などを突合したのち公表するため、報道機関よりやや遅れる、というのが実状ではないか、と感じています。
専門家会議の提言や、最近注目の数理モデルに基づく予想等にも、「もっと具体的に」、「こういう数字は脅しめいている」、といった意見も多く見うけますが、今回の日本の方策に関しては、現時点までですべてが「不適当」とは言い切れないと考えております。
まずは、上記の様な感染症病床数の制約の件、さらに、地域医療再編・専門医の問題・医師の働き方改革・診療報酬改定といったすべてが同時に発生しており、なおかつ、経済活動はできる限り維持しないといけないという大前提、また、すべての方が平等に医療を受けられるように、そして、人口あたりの病床数のみを見れば他国より多くとも、医療者はぎりぎりの人員で回していること等、さまざまな問題があります。
一方、日本は、おそらく、いわゆるIT先進国と比べて、ある一定以上の年代の方と、若年者における行動様式の違いが大きい、という側面もあります。上述の様に、一定以上年代の方は、新規の情報を迅速に得にくい環境にあり、また、行動様式は容易には変わりにくいです。特に地方では、どちらかといえば御高齢の方は現金主義で、人前では失礼だからマスクを外します。これらは、従来の日本においては至極普通の光景ですが、このような、容易には変容が困難な要素をすべて勘案すると、ある程度「あいまい」な方策・大きめの数字にならざるを得ない、というのは妥当と考えます。
また、医師の中でも、「CTはすぐとれるのになぜ」「PCRどんどんやればいい」という意見も多いです。ここで一つの大きな問題は、CTが「全自動でとられているか」、という観点です。
現在(4月末)であれば、医療や介護に関わる人の多くは、感染防護について、おそらく数ヶ月前より数倍の知識を持っている(PPEの不足は別問題として)と思いますが、少なくとも、噂が出始めた2月頃、はたしてどうであったかは疑問がのこるところです(自身も含め)。
その環境で、救急患者、担癌者も混在して、「どんどんCTをとったら」どうなるか、を想像しました。
PCRにせよ、施行者にはもちろん、感染のリスクはありますが、「コロナかもしれない」と考えて可能な防護を行って検査に臨むのと、無防備で行うのでは雲泥の差があります。
昨今では、最初のクルーズ船症例の検討から、PCR陽性者であっても、特に無症状では約半数がCTで無所見であることや、また、無症状者でも発症前から周囲へ感染する可能性(濃厚接触者の定義も発症2日前からに変更された)、さらに、院内感染等に関わる事項としても、接触感染対策の重要性や、小さな飛沫はエアロゾルとして比較的広範に広がり空間にとどまりうる、感染者収容ICUでは、マウスなどのみならず、床にも高濃度(高いコピー数)でSARS-CoV-2が検出されること、なども報告されるようになってきました。
(Guo ZD, Wang ZY, Zhang SF et al.Aerosol and SurfaceDistribution of Severe Acute Respiratory Syndrome Coronavirus 2 in Hospital Wards, Wuhan, China, 2020. Emerg Infect Dis. 2020 Apr 10;26(7). doi:10.3201/eid2607.200885. [Epub ahead of print] PubMed PMID: 32275497 https://wwwnc.cdc.gov/eid/article/26/7/20-0885_article)
この論文にて興味深い点は、医療者のみが立ち入る薬局の床での検出が100%、でコピー数も大きいという点でした。そのため靴による媒介もあり得るとして靴底の消毒を推奨しています(ただし、この論文を院内で紹介しても「医療器具や車いすなど全部消毒なんかできない」という反論がなされたりします)。しかしながら、少なくともCOVID患者がいるフロアーを出入りするスタッフ(特にその病棟以外にも行き来する)は、靴底の消毒をするだけでも、少しは拡大防止に役立つのでは、と考えています。
現在は、日本全体で1万人を超える感染者が出ている一方(累積値。退院者等は除く)、PCRの実行体制整備や、軽症者・無症状者の経過観察場所の確保等も進み、複数の薬剤の臨床試験も行われています。
あくまでも私見でありますが、現時点におけるCTの重要な役割として、「PCRの代わりの無症状者スクリーニング」として行う事は避け、一方、以下の様な症例には積極的に施行するべき、と考えております(いわゆる「疑似症」定義とは異なります)。
- 臨床試験参加施設であれば、PCR陽性者の胸部状態の把握・選択基準の判定
- PCR陽性者で、重症化リスク(喫煙・糖尿病・担癌・心血管系疾患など(+高齢・男性?など))が明らかな症例での現状評価(その後の療養計画等に関わる評価)
- 臨床所見上濃厚に疑わしく、かつ、緊急の介入が必要と考えられる症例の現状評価(PCRを行う時間がない)。もちろん、しかるべき感染防護を行う
個人的には、たまたま、比較的多数の症例を目にする機会があり、また、詳細に臨床経過や検査所見を検討し、上記リスクファクター等を加味すると、ある程度は鑑別可能では、という印象はありますが、PCR陽性であっても、CTが全く無所見という症例は、やはり少なからずあるようです。
こういった症例が、そのまま入院・手術となってしまう可能性を考えると(胸部の専門でない立場から、はなはだ僭越であり、なお、研究という側面では非常に問題があるかもしれませんが)「入院時・術前スクリーニングにCTを全例しましょう」という提案に対しては、十分他科とも話し合い、可能な限りPCRを第一選択として考慮してもらうほうがよい、と考えております。もちろん、PCRの実施体制には施設や自治体ごとに多くの差違があるため、それらを勘案しての運用とはなります。
なお、当院では全麻症例の術前、全例にCTを検査する、という案も当初ありましたが、結局その運用は無くなりました。ただし他疾患で救急に運ばれる「隠れCOVID」の可能性には、現場も悩んでおり、こういった症例にはCTをとらざるを得ない、という意見もでております。
最後に、冒頭の様な服装で業務に臨んでいる理由は、以下の事情があります。
(なお、当超音波・生理検査センターでは、3月初旬から、当日枠(緊急以外)の調整・検査室の換気・全例で検査前後に機器・マウス・キーボード等の清掃を行っています。当院では、玄関先にて非接触式機器で来院者の体温を測って別に誘導する、などの方策は現時点ではなされていません。 ただし、院内各部署、常時定期的に換気をしており、「寒い」というクレームは聞きます)
- 超音波・生理検査センターでは、すべての患者さんと密に接し、小部屋で大きく「息を吸ったり吐いたりしてもらう」(少なくとも2密)であること。こちらの顔にむけて息をはく方も少なくないこと
- 小児の救急症例ではほぼ、患児+親(+もう一人の親(在宅勤務中の場合など)+心配した親族等も)が入室してくる。できる限り付き添いはお一人、とお願いするが、十分「3密」になる
- 「慢性肝疾患経過観察」「心不全疑い」「3年前からの皮下脂肪腫」というような患者さんが、酷く咳をしながらノーマスクでセンターに直接おいでになり、検査を始めると「実は熱がある」と告白する
- ある年齢以上の方はほぼ7-8割(最近はご説明するので減りましたが)「失礼だから」と、検査開始前にマスクを外し、「行儀が悪いから」出た後のブースのドアをきっちり閉める(開放するように全例お声がけしているが)
などの状態に、しばしば遭遇するためです。
以上、全く学究的とは言いがたいですが、今後の速やかなCOVID収束を願いつつ、私見として現時点の考えを述べさせていただきました。
なお、当センターでも交代で勤務をしたいものの、多数の部署横断的な組織のため、チーム分けがうまくいかず、苦慮しております(追記:校正中の本日4月30日から、約半数ずつの就業となった)
画像診断の位置づけとともに、実地で「密」にならざるを得ない業務をされる先生方には、なにがしかのヒントとなれば幸いです。
(了)